人生詰んだ。
もうこれ以上できることはないし気力もない。
こんなに追い詰められたことは過去に一度もない。
気が付けば私ももう40代。
自分自身に対しても、仕事でもできることはすべてやった。でもダメだった。
私の許容範囲を超えている。
これ以上何ができるのか??何もできる気がしない!
おまけに昔のトラウマまで再発してしまって朝も眠れない。
日に日に心が深く沈んでいき、1年前の自分とは別人。
この先どうなるのか不安で仕方ない。もうダメなのか?
でも、違った。一筋の光が舞い込んだのだ。
この記事では、そんな私の体験談を話したいと思います。
追い詰められても道はある
だれでも、ここまで精神的に追い詰められると、判断力が落ちてしまい、どんどん悪循環になる。
だれにも相談できず、自分のなかで抱え込んでしまう人も多いと思う。
それがきっかけで体調を崩し、病気がちになる。
人は悩みすぎるとダメなんだ。
放置すればするほど悪化するだけ。
最終的には人に会うのも嫌になってしまい、自宅から出られなくなってしまうかもしれない。
そう思うと余計に不安が加速する。
若いころはもっと希望にあふれていたはずだ。
明るい未来を想像していたはずだ。
いつか家庭を持ち、それなりに不自由ない生活ができるだけのお金を稼いで、幸せになるために毎日が希望にあふれていたはずだ。
なのに今はそんな未来とは程遠い自分がいる。
これを人生詰んだという言葉以外に何が適しているだろう?
そんな日々が続いた時、一冊の本が目の前に飛び込んできた。
それは「般若心経」だった。
もともとこういう宗教的な本には興味がなかったのだが、読めば読むほど、心に刺さった。
これは私のための本じゃないのか?と思うぐらい、私の悩みを解決してくれるような内容なのだ。
私は何度も何度も、この本を読み返した。
そして読めば読むほど、私の心は軽くなり、一つの結論に達した。
それは、「今を生きる」ということ。
あるがままに今を生きる
般若心経は様々な生きる知恵を教えてくれるが、今でいうマインドフルネスにも通じるものがある。
人生でどんなに悩んでも、どんなに過去を悔やんでも、どんなに未来を心配しても、それはすべて幻想であること。
すべては今に集約されている。すべては今しか、ないのだ!
その「今を生きる」という意味を理解すればするほど、私の心は軽くなっていったのである。
もしこれに共感できる何かがあれば、マインドフルネスをお勧めする。
瞑想することで、過去のトラウマや未来への不安を消すことができる。
瞑想によって、今この瞬間に意識を向けるだけでいいんだ。
そうするだけで、心が楽になる。
あともうひとつある。
般若心経には言霊の力が宿っている。
これを唱えるだけで、何かが起きるかもしれない。
信じる者は救われるんだ。
般若心経のすさまじい言霊
言葉を唱えるだけで前向きになれるような呪文があればどう思うだろうか?
唱えるだけで心が軽くなるなんて、嘘のような話だ。
これを信じるか信じないかはあなた次第だが、興味はあるはずだし気分は悪くないはず。
般若心経の言霊にはそれぞれ強い意味が込められていて、その音の連鎖を唱えると心が落ちつく。
パッと聴くだけでは意味の分からない音の連続なのに、心にスッと入ってくる感じがする。
やはり言葉一つ一つに不思議な力が宿っているのだろう。
般若心経の真言
以下の言葉の列を見てほしい。
「ギャテイ ギャテイ ハラギャテイ ハラソウギャテイ ボジソワカ」
ー般若心経ー
深く悩んでいる人は、この言葉を見ただけで何か不思議な力を感じるかもしれない。
ちなみにギャテイの意味だが、これは仏教の教えにおいて、世界の絶対的な真理に到達する過程や、執着や迷いを超え、解脱(げだつ)への道を歩む人々の心境を表現しているそうだ。
物事や概念に執着することなく、過去や未来にこだわることなく、あるがままの現在を受け入れ、深い理解へと進むという意味合いが込められている。
ただ唱えればいいのか?
これらの言霊を唱える際には、心が穏やかで集中できる場所で行うことが望ましい。
瞑想は、安全で静かな環境で行われることで、効果的な結果が得られるといわれているからだ。
ただし、これらの言葉は宗教的な背景を持っているため、その文脈や意味を理解してから唱えることが重要といえる。
つまり興味があれば、しっかり本を読んで学ぶことが大事。
単に言葉を繰り返すだけでは、その背後にある哲学や教えが理解できない。
興味があれば、これらの教えをうまく自分の生活に取り入れてもいいと思う。
おわりに
日々の生活の中で、もう終わりだとか、人生詰んだとか思っても、そんな人生どん底の時でも、救いの手はどこかからくるものだと今では思う。
私は、今を生きるという選択をした。
結局、今しかないのだから!











